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中国・アジア新興国特集 [ インドを知ろう ]

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【第2回】

誕生日が二回あるインド

政治体制があって経済体制が決まるのか。その逆か。
 20世紀が終わるころまでは前者だったような気がするが、最近では、経済事情が世界の政治体制(各国間関係)を変えてしまうような気がしている。
 インドの進んできた道はどうだったのか。


前回は、「インドカレーと言えば辛い」と相場が決まっているわけではなく、というところで紙面が尽きたが、その辺のところをイントロで、若干個人的観察を踏まえて説明しておきます。思い出すに、なんか昔の自分が住んでいた田舎と同じような気がしてくるんですね。

すなわち、比較的貧しい田舎ではおかずが少ないことから、おしんこや味噌汁など、塩辛いものをおかずに、たくさんのご飯を食べ、満腹にする。私の母の田舎に行って遊ばせてもらった頃の話だが(名誉のため地域名は書きません)、魚が買えると先ず焼いて、それに茶碗をかぶせ、茶碗に魚のにおいを移してご飯を食べ、本当に魚を食べるのは二回目になる。一匹の魚で二食食べる。同じような感じがインドの食生活でもする。私自身は辛いものが好きで、辛くないインドカレーはなんか物足りない。そんなことが起こるのが、比較的生活に恵まれた家庭の食事に呼ばれたときだ。やはり、いろいろな種類のインド料理が出てくるので、主食のパン(ナンやチャパティ)や米を余り食べる必要がない。チリーなども丸ごと出てくるが、飾りのようなもので、普通は(辛すぎて)食べない(食べることが出来ない)。でも、副食が少ないと、味を濃く(辛く)して、その勢いで主食を食べ、満腹にする。食べ物の構成は違うが似たようなもので、人の暮らしは世界中どこでも同じようなものだと、納得した。


毎年恒例の共和国記念日の祝賀パレードが1月26日、大統領官邸前広場から、インディアン・ゲートまで約2キロメートルに伸びる大通り「ラージ・パット(王道)」で華やかに行われた。今年の主賓は韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領(出典: PRESS INFORMATION BUREAU)   

で、今回の本題、インドには誕生日が二回あるということだが、正確には「二回ともう一回」と表現すべきだろう。最初の二回は、イギリスの植民地から独立した1947年8月15日と、共和国憲法を発布し、共和制に移行した1950年1月26日だ。その間は、イギリス国王を君主とする英連邦国となる。それでは何故、それまでの農業資本主義的経済体制を社会主義的なものに転換したかという疑問に行き着くのだが、無数の言語と複雑な国民性を考えたとき、当時相当の国力を誇り米国と張り合っていたソビエト連邦の共和国政が初代首相ネルーの頭を支配してしまっていたのだと考える。それがインドの不幸だったとも言える。ネルー首相の政治家としての偉大さをけなすつもりはなど毛頭ないが、また歴史に「if(仮に、何々であったら・・・)」は禁じ手だが、それにしても「何故」と考えてしまわざるを得ない。ソビエトは「労働者の祖国」と呼ばれてはいたものの、その実態は真逆で、相当抑圧された政治体制であったようだ。そのことは、ロシアの文豪ドストエフスキーの「虐げられた人々」など、一連のロシア文学を読めば明白だ。顰蹙を買うことを敢えて言えば、ネルーは当時、かなりのロシアかぶれだったとも言える。

その結果起こったことはと言えば、貧しい者はより貧しく、富める者はより裕福にという経済体制が進んでしまい、約40年後に行き詰ってしまう。それが奇しくも私のインド赴任と機を一にする1991年であった。そこに至る過程には、二度にわたる中印紛争や印パ戦争、オイル危機や湾岸戦争など、複雑な世界情勢まで関係してくるが、この辺の細かいことは後日また書かせていただくことにし、結果だけを言えば、インドはそれまでの社会主義的経済体制を止めて、市場経済(オープン・マーケット)を標榜する自由主義経済の世界に戻ったことになる。私はこれを称して、インドの第二の(経済的)誕生日と言っているわけだ。したがって、前二者が「政治的誕生日」となる。

日本では「失われた10年(本当は20年以上?)」と言うが、インドは「失われた40年」にもなる。昨年9月に開催された国連総会で、インドのクリシュナ外務大臣は「インドには一日1ドル以下で生活する人が2億人いて、電気の来ないところで生活している人が5億人もいます」と発言している。これはその後12月、コペンハーゲンで開催された「COP15(第15回国連気候変動枠組条約締約国会議)」を多分に意識したもののようだが、経済発展を突き進むインドの中にあって、未だに取り残された(貧しい)多くの人たちがいることを物語っている。

その一方で、これらの人たちをBOP(The Bottom Of the Pyramid=正確には年間3千ドル未満で暮らす人)と呼び、新たなビジネスチャンスと捉える考えも浸透してきている。世界銀行グループの試算では、こういった低所得者層の人たちは世界の人口の約7割を占め、日本の実質国内総生産(GDP)と同じくらい(約5兆ドル)の市場になるらしい。そんな貧しい人を対象にビジネスなど成り立つはずがない、と考えるのが普通だろうが、視点を変えれば十分ビジネスになるのである。それも、既存の市場での血みどろの戦い(レッド・オーシャン)とは違った市場(ブルー・オーシャン)を生み出すのだから、注目されるのも当たり前だろう。というところで、今回の紙面が尽きた。続きは、次号で。



(掲載日:2010年03月16日)

プロフィール : 島田 卓 Takashi Shimada
株式会社インド・ビジネス・センター 代表取締役社長
1948年埼玉県生まれ。1972年明治大学商学部卒業後、東京銀行ニューデリー支店次長を経て、1997年より現職。講演やTV、ラジオ等のメディア出演ほか、新聞、雑誌等への寄稿多数。著書に「日本を救うインド人」(講談社)、「スズキのインド戦略」(監訳/中経出版)、「超巨大市場インド」(ダイヤモンド社)など。


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