|
|
トップ > 株式 > 中国・アジア新興国特集 > インドを知ろう 中国・アジア新興国特集 [ インドを知ろう ]ソーシャルブックマークに登録:
【第10回】新たな政治の時代に入ったインド世界最大の民主主義国家といわれるインドだが、昨年までは「衆愚政治」の見本であった。その衆愚政治に「終わりの始まり」の幕が開いた、と言ったら、あなたは信じるだろうか。 オバマ米大統領が「チェンジ」というスローガンを掲げ、米国初の黒人大統領になってから早いもので1年半が経つ。同様に世界最大の民主主義国家といわれるインドでも、その政治姿勢に大きな変化が起こりつつある。その一端が、昨年(2009年)5月に行なわれたインド総選挙で見られた。 「一般大衆の政治に対する考え方が変わりつつあることを読み取れなかった(The NEWSWEEK、May 31, 2009)」。一敗地にまみれた野党第1党インド人民党(BJP)の若手幹部が図らずも漏らしたこの言葉が、選挙結果の全てを物語っている。戦前の予想では、与党第一党の国民会議派とBJPによる僅差の勝負というのがもっぱらだったが、ふたを開けてみたら両党には90議席もの大差がついていた。BJPはサイレント・マジョリティー(もの言わぬ大衆多数)の意識の変化を見過ごした。そして、30議席以上も失った左翼政党も同様に変わりつつある民衆の意識の変化を汲み取れなかった。
ガンディー親子(出典:PRESS INFORMATION BUREAU) 従来のインド政治とは、国威発揚とばかりにヒンドゥー至上主義を声高に唱え、国益を無視した反米の強硬路線を掲げ、政府の弱腰外交をなじるといったプロパガンダ戦略で、今まではそれなりの効果を生み出してきたが、その効力も色あせたようだ。また、中央政府に盾を突くばかりの地方政党も「No」を突きつけられた。一方の与党国民会議派は、拭い去れない過去の負の遺産をずるがしこくも賢明に、若者による未来社会の創造というオブラートで包み、国民から圧倒的な支持を勝ち得た。その旗頭として先頭に立ったのが、先月40歳になったばかりのラフル・ガンディー国民会議派幹事長である。故ラジブ・ガンディー首相の長男で、ソニア・ガンディー現国民会議派総裁が母親の二世議員だ。もっと正確に言えば、インド初代首相ネルーから3代続けて首相を出している名門中の名門の政治一家だ。私個人としてはガンディー王朝の復活は好まないが、それが古色蒼然たるインドの政治体制を変革する原動力になるとしたら、選択肢の一つとして認めざるを得ない。そして、その御曹司が、選挙期間中9万キロ近くを走破し、120余りの選挙区に足を運ぶという草の根運動を展開した。選挙結果を受けて彼が口にした言葉、「清潔で正直な政治をしたい。その困難な仕事を付託されたのは我々若手政治家だ」に次代の息吹が感じられた。その背景には、1991年の経済自由化の恩恵で民度の上がった中間層が増加し、人口の半数を占める25歳以下の若者の発言力の高まりがある。失礼を省みず言わせてもらえば、昨年までのインド政治はプロパガンダの意味もわからず金(かね)で票を売るような「衆愚政治」だった。その延長線で戦ったものが敗北し、「衆愚政治の終わりの始まり」を読み取ったものが勝者となった。
フランス革命記念日に招かれたシン首相(出典:PRESS INFORMATION BUREAU) 一方、世界に眼を向けてみると、例えば昨年の7月中旬、インドのテレビはフランス革命記念日(14日)に招かれパリの目抜き通りであるシャンゼリゼを行進しているインド軍兵士400人、それを笑顔で観閲するシン首相とサルコジ大統領を映し出していた。その約半年前の1月26日、インド共和国記念日の祝賀パレードにはサルコジ大統領が主賓として招かれている。そして、フランス革命記念日二日後の16日、エジプト・シナイ半島の保養地シャルムエルシェイクでパキスタンのギラニ首相とシン首相がパキスタン寄りの共同声明を発表した。百人以上の死者を出した2008年11月26日のムンバイ同時テロを印パ和平交渉とは切り離して考えるというもので、反発した野党は開催中の予算国会をボイコットした。同声明はインドとの関係強化を図る米国を強く意識したものであり、示し合わせたようにその翌17日、クリントン米国務長官がインド入りし、インド政府のスタンスを支持する姿勢を見せた。クリントン長官へはお土産に、インドは国内の二つの原子力発電所の建設を米企業に発注する(総額9,500億円程度)、と伝えた。 そして今年の共和国記念日の祝賀パレード主賓は韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領だった。国家行事である同式典に東アジアの元首が招かれるのは今回が初めてのことで、それに先立つ今年1月1日より、インドは韓国との間で経済連携協定(EPA)を、また東南アジア諸国連合(ASEAN)とは自由貿易協定(FTA)を発効させている。さらに、国境紛争を抱える印中は犬猿の仲のように見えるが、両国の年間貿易額は、日印(約200億ドル)の約3倍、600億ドルに迫っている。10年前の印中貿易は20億ドルに満たず、日印は40億ドルを超えていた。地球温暖化対策でも途上国の利益確保のための印中協調を打ち出し、ロシアを巻き込んだ外相会議も定例化させている。世界経済のパラダイムシフトが起こる中、政治外交の枠組みにも大きな変化の兆しが顕現している。 「歴史的に見ても、民族の興亡のはじめには経済力の拡大が来、次いで政治力の成熟が訪れる」(マキアヴェッリ語録:塩野七生)とするなら、まさにインドは経済力を拡大させ、それに続く政治力を成熟させる時代に入ったと言える。 (掲載日:2010年08月02日)
![]() プロフィール : 島田 卓 Takashi Shimada 株式会社インド・ビジネス・センター 代表取締役社長 1948年埼玉県生まれ。1972年明治大学商学部卒業後、東京銀行ニューデリー支店次長を経て、1997年より現職。講演やTV、ラジオ等のメディア出演ほか、新聞、雑誌等への寄稿多数。著書に「日本を救うインド人」(講談社)、「スズキのインド戦略」(監訳/中経出版)、「超巨大市場インド」(ダイヤモンド社)など。 この特集のバックナンバー
|