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トップ > 株式 > 中国・アジア新興国特集 > インド経済力 中国・アジア新興国特集 [ インド経済力 ]ソーシャルブックマークに登録:
【第3回】明日のインドを創る頭脳回帰と日本アメリカの世紀だった1900年代、世界の頭脳が米国に流入した。21世紀、アジアの時代の到来とともに、世界に流出していたインドの頭脳が本国に回帰し、またはインドでのビジネスに注力しだした。閉塞感に打ちひしがれた日本に残された時間は少ない。その打開策とは。 2009年12月に公開され、公開から39日目で「タイタニック」が作った世界興行収入記録を更新したのが同一監督(ジェームズ・キャメロン)による「アバター」であった。これにより一挙に注目されだしたのが3Dだ。その元になる技術がCG(コンピューター・グラフィックス)で、その威力を見せ付けたのがスティーブン・スピルバーグ監督の「ジェラシック・パーク」であろう。この映画製作に使われたのがシリコン・グラフィックス社製の画像処理専用コンピューターであり、その創設者が稀有の企業家といわれるジム・クラーク(1944年3月)である。彼は今までに3社を上場させ、いずれも1ビリオン(10億ドル)企業にしている。そのクラーク氏が頼りにしたのが母国から米国に頭脳流出したインド人IT技術者たちであった。 その流れを確たるものにしたのが「たいまつは若者に引き継がれた」と言って1961年、颯爽と登場した若き日のケネディー(米第35代大統領)だった。ケネディー大統領は「教育は国防」だという信念のもと「国防教育法」を成立させ、内外の若者の交流を図った。その一環としてインド工科大学(IIT)の設立にも協力、結果として(国内産業が未成熟でIIT卒業者の受け入れ口も少なかった)インドから飛び切りの頭脳が米国に流出、1990年代の米IT革命につながっていく。
2010年版米ビジネス界の「最強の女性」インドラ・ノーイ氏(出典:PRESS INFORMATION BUREAU こうしたインド頭脳の米国流出は何もITに限ったことではない。米経済誌「フォーチュン」では2010年版米ビジネス界の「最強の女性」として飲料大手ペプシコの最高経営責任者(CEO)インドラ・ノーイ氏(55)を選出した。5年連続でのトップだ。ノーイ氏はインド南部チェンナイにあるマドラス・クリスチャン・カレッジ(商学部)出身の生粋のインド人である。そして米国を代表する、インド出身のその女性ビジネス・ウーマンが米印ビジネス評議会の議長を務めている。同評議会の会議が盛り上がらないはずはない。日印経済委員会の会議がインドの首都ニューデリーで開催されたとき、会議冒頭の政財界大物によるスピーチが終わった後、議場に残っていたのは日本人ばかりだったという笑えない言い伝えもある。それとは大違いだ。その他、金融界やその他の分野でも多くのインド人(インド系米国人)が活躍している。例えば、窮地に陥った米銀最大手シティグループのCEOとして再建を担ったのがロバート・ルービン元米財務長官(シティグループの経営執行委員会委員長)をして「天才」と言わしめたビクラム・パンディット氏(53)だ。ムンバイ出身で、16歳で米国に渡り、米金融界の最高峰に上り詰めた。そのアメリカ金融危機の引き金を引いたのがヘンリー・ポールソン米元財務長官だ。彼が2006年7月、ゴールドマン・サックス(GS)の会長からブッシュ政権入りしたとき「財務長官特別補佐官」として抜擢したのがGSのサンフランシスコ支店にいた、当時35歳のニール・カシュカリ氏であった。同氏が、その後議会を通過した7,000億ドルの金融化安定法案を実質的に取り仕切ったといわれている。両親はインド北部カシミール地方出身で米国に移住、カシュカリ氏自身はオハイオ州で育った。 目を英国に転じれば、およそ3兆円といわれた史上最大の鉄鋼企業買収戦を勝ち残ったラクシュミ・ミッタル(現、アルセロール・ミッタル会長)がいる。当時のチダンバラム財務相(現内務相)は「インド出身の企業家が世界最大の鉄鋼メーカーになったことは、うれしく、また誇らしいことだ」と述べている。ミッタル氏はインドでの鉄鋼業投資に積極的で、大型案件への取り組みが報じられている。
バルティとの合弁で、パンジャブ州アムリツァルに「ベストプライス・モダン・ホールセール」の名で現金卸売の1号店をオープンしたウォルマート 次にインド国内だが、2009年5月に世界最大の小売業者ウォルマートが卸の形態を取りながらもインドに1号店を開いた。その年の秋に既に300人の陣容を擁していたウォルマート・インディアの幹部と面談する機会を得たが、出てきたのはインド人の顔をしたアメリカ人であった。同様に、91年の自由化後私立病院などのチェーン展開が進み、ここでも海外で腕を磨いたインド人医師が凱旋帰国、活躍しだしている。 2010年6月、経済産業省は2010年版通商白書の中で、アジアの中間層が10年間で2倍超に増え16兆ドルを超えると試算、20年には米国や欧州連合を抜き世界最大の市場になると予測している。その中にあって、中国とともに存在感を増すインド。その市場を目指して世界に散らばった頭脳の本国回帰や本国ビジネスへの更なる投入が始まっている。IT関連だけでも2004年から06年の3年間で約6万人が米国から帰国したという。こういった現象をカリフォルニア大バークレー校のアナリー・サクセニアン教授は「アルゴノーツ(ギリシャ神話に登場する勇者)の回帰」と表現した。20〜30年の時を経て途上国から先進国へと流出していた頭脳が循環し始めている。ケネディー大統領に次代を託したアイゼンハワー大統領は「真の安全保障は強い経済にあるという真実」を理解していたそうだ。 軍事大国に成り得ない日本が、アジアにおける経済のリーダー・シップをこれからも担っていきたいなら、これら回帰する頭脳や、それによってもたらされる恩恵に浴するであろう国々との相互理解を深め、共存共栄の図れるアジア規模でのビジョンを示し、実行していく必要があろう。 (掲載日:2011年02月03日)
![]() プロフィール : 島田 卓 Takashi Shimada 株式会社インド・ビジネス・センター 代表取締役社長 1948年埼玉県生まれ。1972年明治大学商学部卒業後、東京銀行ニューデリー支店次長を経て、1997年より現職。講演やTV、ラジオ等のメディア出演ほか、新聞、雑誌等への寄稿多数。著書に「日本を救うインド人」(講談社)、「スズキのインド戦略」(監訳/中経出版)、「超巨大市場インド」(ダイヤモンド社)など。 この特集のバックナンバー
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